大学の授業で、私の母が食欲がないと言って食事を食べなくなった原因について話をしました。雑談として話をしたのですが、興味深かったというコメントをもらい、同様に食欲がないと訴える高齢女性を抱えている関係の方に、もしかすると役立つかもしれないと思い、ここに文章化しておこうと思います。
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2021年の夏、父(当時85歳)から「妻(当時81歳)の物忘れがひどくなり、今聞いたばかりのことを繰り返して聞くようになった」と認知症の発症を思わせる連絡をもらった。また、母は料理をすることができなくなったという。そこで、あまり食事作ったことのない父が食事を作ることが多くなったが、母は食欲がないといって食べないという。一方で、アイスクリームを一日に何個も食べてしまうらしい。私も電話で、食事をちゃんとしないとだめだよ、と言ってみたが母は「食欲がなくてね」というばかり。
その後しばらくの間、父から母の食欲がなくて困るという話を何度かされ、そのたびに様子を尋ねると、食事は食べないが、アイスクリームとかお菓子のようなものを食べる様子が伺えた。そこで、もしやと思ったのは、本当は食欲はあるんじゃないのか?何らかの心理的要因で食べないのではないか?ということである。
神経性無食欲症の人は、太るという恐怖から食べなくなるが、食欲はある。食べ物に対し、執着と拒否というアンビバレントな行動を示すようになる。それと似たような心理的しくみがあるのではないか?・・・もしかすると母は、父に食事を出せなくなったことに葛藤を抱えていて、心理的反応として食欲がないと言っているのではないか?食欲がないことを示すために、父のつくった食事を食べないのではないか?しかし、本当は食欲があるからアイスクリームやお菓子は食べるのではないか。
母は、昭和15年生まれ。子どもたちが小学校にあがるまでは専業主婦で、その後はパートなどに出ていたが、少なくとも私が家を出るまではほとんど毎食作っていたように思う。その後も、たぶんほとんどの食事を母が作っていたのだろう。母が食事をつくることができた間は、父はほとんど料理をしなかったと思う。
そこで、母に電話をし、「お母さんは長い間、もう十分家族のためにご飯を作ってきたんだから、体が弱った今からは、これまで食事を作ってこなかった父に食事を作ってもらいなさい、そうしても誰も文句を言う人はいないから」という趣旨のことを何度か言い聞かせた。その後、母は少しずつ、父の作った食事を食べるようになったらしい。翌年の夏に帰省した際には、父は手慣れた様子で天ぷらをあげ、母は「お父さんが優しくて良かった」と言っていた。2025年の夏、母は亡くなった。最後の5年間は、父の作った食事を食べて暮らした。
父は89歳で一人暮らしになった。食事を作る張り合いがなくなり、つくる量の調節も難しいから、簡単なもので済ませることが多くなった、といっていた。父は研究者なので、昔とったデータで定年後のいまも論文を書いている。それが支えになり、毎日を生きていく原動力になっているようだ。毎朝ストレッチと運動をし、地域の社会活動に参加したり、つくば市の合唱団に応募してマタイを練習したりしているという。医者に行ってもどこも悪いところがないと言われていて、私よりも余程長生きしそうである。






