「文明・法・人種―『日本人法』制定過程をめぐる議論から―」『東南アジア−歴史と文化―』第37号,2008年5月

以下は論文用メモ

1899年日本人法(Staatsblad no. 202)

  • 統治法109条改正
    • 109条2項「ヨーロッパ人と同等視される者は,すべてのキリスト教徒,すべての日本人,および次項の規定に該当しないすべての者」
    • 109条3項「原住民と同等視される者は,アラブ人,モール人,華人,および前項に挙げられていないすべてのイスラム教徒および異教徒」

条約改正

  • 1896年9月8日日蘭通商航海条約締結,1897年5月2日批准(不平等条約)
    • 1873年3月4日ハーグにて岩倉使節団とオランダ政府との交渉
      • オランダ政府の認識
        ・日本に裁判所存在しない
        ・オランダ人は領事館へ訴え政府間交渉になる
        ・行政府と立法府の分離が確立していない
  • 1887年5月3日付け,在日本オランダ総領事が日本政府より提出された条約案をオランダ外務省へ送付
    • 総督に対して日本人の例外適用を要請
    • 互恵性原則を植民地に及ぼすか否か
  • 植民地相の反応(外務大臣宛)
    • オランダ植民地は条約の適用対象外とすること
    • 統治法109条に変更を生じさせないこと
      「…しかし条約をそこに書かれているように,オランダの植民地に適用することは難しい.
       東インドにおけるわれわれの行政組織の基盤を成しているところのオランダ領東インドにおける統治法109条は,日本人がそこではキリスト教徒でない限り他のヨーロッパの国民と同じようには認められないこととしている.
       それを日本人のために逸脱させることはできない.」
       「植民地を持たず,それゆえわれわれにとって同等でない日本に対して植民地におけるあらゆる権利を認めることは承服しかねる.」[Lijnkamp 1938:50]
  • Bergsma植民地相の意見(1895年4月27日)
    • 条約の効力の範囲外に植民地を置くこと,あるいは
    • 「法律の認める限りにおいて(so far as the laws permit)」という文言を加えること
  • 条約への反対意見
    • 蘭領植民地における日本臣民(Japansche onderdanen)の地位
      17条,「条約は植民地及び所領においては法律及び条例が認める限りにおいて適用される」voor zoover de wetten het toelaten
    • 他の外来東洋人に関する法律や条例に変更が生じるのではないか,という懸念
    • 17条の留保,条約に盛り込まれる
  • 日蘭通商航海条約第17条
    • 「本條約の規定は法律の許す限り和蘭國皇帝陛下の總ての殖民地竝に其の海外領地にも適用せらるへきものとす
      但し前記和蘭國殖民地竝に海外領地に於ける日本國皇帝陛下の臣民は其の商業,船舶,商品及輸出入の関税に関しては最恵國に許與し若は将来許與せらるへきものと同一の権利,特典,免除,便益竝に特権を享有すへし尤「イーストルン,アーキペラゴー」の各土邦に其の航海の為め及蘭領東印度殖民地へ其の生産輸入の為に附與し若は附與せらるへき特別の便益は此の限りに在らす」[今西 1899]
    • The stipulations of the present Treaty shall be applicable, so far as the laws permit, to all the colonies and foreign possessions of Her Netherland Majesty.
      The subjects of His Majesty the Emperor of Japan will enjoy, however, in the above mentioned Netherland colonies and possessions concerning their commerce, ships, merchandise and custom duties, import as well as export, the same rights, privileges, immunities, favours and exemptions, which are, or will hereafter be granted to the most favoured foreign nation, with the exception of the special favours accorded or to be accorded to the native states of the Eastern Archipelago for their navigation and the importation of their products into the Netherland East Indian Colonies.
  • 第1条には兵役に関する言及もある
    「両締結国の一方の臣民にして他の一方の版図内に住居する者は陸軍,海軍,護国軍,民兵等に論なく總て強迫兵役を免れ且其の服役の代りとして取立る所の一切の納金を免れ又一切の強募公債及軍事上の賦斂或は捐資を免れるへし」
  • 19条において条約は1899年7月16日に発効することが規定されており,条約発効後の日本人の法的地位が問題になる[Lijnkamp 1938: 66]
    • 条約発効以前の法律:原住民扱い
    • 条約発効以後の法律:ヨーロッパ人扱い
  • 二つの対応策
    • 109条1項の「反対の規定」を用いて,あらゆる機会に法令の文言に「日本人への適用除外」を明文化する→日本人は原住民に同等視されたまま
    • 109条5項の総督令適用による例外視
      「17条はすでに指摘したように,協定はオランダの植民地では『法律の許容する限りにおいて』適用される,すなわち,植民地において現在効力のある法律や諸規定は条約の規定に抵触しないということである.日本政府は,やはり,その臣民に対して商売,舩舶,商品および関税といったあらゆるものに関して,植民地において最も有利な扱いが保障されることを迫ってきた.」[Bijlagen Handelingen Tweede Kamer 1896-97: 150 3 blz. 6]
  • 日本人法の成立した理由(Lijnkamp p.74)
    • 「1896年にオランダと日本との間で締結された通商航海条約によって,日本人の法的地位に関して東インドの立法には二重構造が存在することとなった.条約に対する審議の間,オランダ及びオランダ領東インドにとってこのことを適切に意識していた.この困難を脱し,現実の困難を避けるためには,唯一かつ正しい解決策が存在した.すなわち,立法手段による日本人のヨーロッパ人との同等視である.日本側からの要望−−それは申し立てではなく−−は,法案を推し進めることによって満たされ,この同等視は実現した.」

日本人法成立以前のオランダ領東インドにおける日本人の地位と法的制約

  • 原住民と同等視される者(外来東洋人)
  • 法律上の制約
    • 民商法(1855年官報79号,1867年官報29号,1872年21号・22号,1877年官報40号により修正)
    • 経済的自由(移動・借地権・起業)
  • 日本は蘭領印度における109条の実態をどのように認識していたのか?
    • 「在蘭領植民地本邦人取扱ニ関スル件 在新嘉坡二等領事藤田敏郎」1897年1月12日条約締結後在シンガポール二等領事藤田敏郎より外務次官小村寿太郎宛公文,蘭印における日本人の状況を報告.
      • 「和蘭植民地に居留する本邦人は欧州人と同一の待遇を受くるを得ず支那人印度人等と共に冷遇を極め商葉上社交上非常なる不幸の境遇に有之」
      • 日本人は清国人として扱われている
      • 華人居住区に住まわされ,同じ税を課せられる
      • 官憲への申出は,華人のカピタンを通じてのみ認められる
      • 滞在許可申請を半年毎に更新せねばならない
      • 土地所有が認められていない
    • 「蘭領爪哇ニ於ケル本邦人待遇方ニ関シ『ガスタヴ・フヰッシャ』氏ノ意見」パレンバン在住陸軍省旧お雇い外国人ギュスターヴ・フィッシャーによる1897年5月13日付書簡
      • 「オランダ政府と合意に至った条約を読み,その17条に『法律の許す限りにおいて』という文言を見つけ大変驚いている.こうした言葉は蘭印に関して日本政府が得るところの利益をすべて無に帰してしまうだろう」
  • オランダ側反論
    • 在蘭赤羽弁理公使を通して1897年6月29日付書簡,De Beaufort外相へ提出.8月10日付書簡
      • 「前記の日本領事報告中錯誤の最も甚だしきものは蘭領印度に於ける日本国臣民は欧州人よりも権利上劣等なる地位にありと証言したる一事に有之候殖民地の法制上欧州人及び土人と欧州人並に土人に準せる外国人との間に区別を立てたるは各人種の利益を謀りたるものにして甲の人種を顧みずして乙の人種にのみ特権を許與するを以て目的としたるものには無之現行の殖民地法制度は凡て諸法律に関しては外国人をして強て和蘭国の意思に従わしめさるを得策とすると云う原則に基きたるものに有之候新嘉坡駐在の日本国領事は右の如き立法者の意思を全く知らざりしものと存候」
    • 8月20日赤羽公使オランダ外相との会談においてパレンバン書簡を渡す.10月14日オランダ政府より代理公使堀口九萬一宛返答(13日付書簡)
      • 「フィッシャー氏か欄領印度に二種の法律ありて一は欧州人及び法律上欧州人と同視せらる者に適用し他の一は土人及び土人と同様に見做さるる者に適用すと確言するは大ひに事実と相違せり
        欧州人と土人との間に裁判管轄上の差異あるは事実なり何となれば土人は一般に其の制度及び宗教上の慣習に依りて取扱われ…」→「差別即平等」の論理

日本人法法案審議

  • 1898年9月13日下院へ法案の提出
    • 政府案趣旨説明(Cremer植民地相)
      「(日本は)文明と進歩に関し,ヨーロッパの諸民族とまったく異なるところはない.
      この見解は次の事実によって確実なものとなる,形式的にも実質的にも日本で導入されている民法(商法)及び刑法典は,完全にヨーロッパ式のものである…」[Handelingen Tweede Kamer 1897-1898:228]
    • 検討委員会による仮報告(1898年10月18日)
      「趣旨説明においては,日本国が,文明と進歩に関して,その国にヨーロッパ式の法典を導入したことから明らかなように,ヨーロッパの諸民族とまったく異なるところがないと述べている.だが,この点について述べるなら,日本は宗教に関してはヨーロッパと同じではなく,アジアの諸民族とのみ同等視されるのであって,日本で主要な宗教とキリスト教との間には,儀礼や慣習の点で決定的な相違があるというのは必然的な結論である.…さらに,数名の考えるところでは,法案の可決が他の外来東洋人,とりわけ華人のヨーロッパ人との同等視に帰結することは否定できない」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:67.1. ]
    • キリスト教原住民の地位も同様に問題として指摘される
    • 検討委員会の仮報告書に対する政府答弁書(1898年11月17日)「仮報告書の中で指摘されていた日本が宗教についてはヨーロッパと同じではなく,アジアの諸民族とのみ同等視されるといった状況は,政府の見解ではここでは問題ではないと考える.ヨーロッパ系トルコ人だがムスリムであっても,東インドの法律によれば紛うことなきヨーロッパ人である.統治法109条に導入されている区分は,キリスト教およびそれと異なる基盤による信条との間に基づいているのではあるが,そのようなものとしてのみ生じた,なぜなら立法府は,このことをオランダ領東インドに居住する様々な人種の発展度合,必要性,そして法的見解に応じて区分し,それを当時望ましいとみなしており,その規定に対応する範疇に該当する人種が永久に別の範疇に移行することを妨げるつもりは決してなかった」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:67.2.]
  • 1899年2月28日下院法案審議
    • 文明化をめぐる議論
      • Kuyper「(日蘭通商航海条約は必ずしも109条の修正を伴わないことを指摘し)修正が義務ではなく,必要でもないとすれば,それでもなお自発的にこの手段をとるだけの十分な動機が存在するだろうか.その通り.なぜなら,日本人ははるかに文明化し,非常に進歩したので,完全にヨーロッパ人と同等であると政府は述べているからである.政府はそれに対する証拠を出しているだろうか.確かに.証拠として,現在日本で導入されている法典は,ヨーロッパでの我々の法典とほぼ同じものである.これはそうであるし,この事実を大変ありがたく思っている.というのも,われわれの側でもそのおかげで日本にいるオランダ人が利益を受けるからである.だが,政府に問いただしたいのは,法典を導入したとして,それ自身がある民族4千万人の文明度に対する証拠となるのであろうか.確かに,日本での法典の導入は,そこでの領事裁判権を撤廃する根拠と権利を与えているし,日本に住んでいるオランダ人が日本の司法に従うことは,なんら恥ずべきことでもないし,都合の悪いことでもない.今やそこではわれわれのとほぼ同様の法形態が適用されている.領事裁判権の撤廃に対し,この証明法はすばらしいものである.だが,そこから今に至る場合,国民自身まで高尚になるようなことはあるのだろうか.東インドに来る日本人について言うならば,日本政府の官吏は問題ではない,むしろ個々の日本人男性が問題となるのであり,女性もそこに付け加えられる.
        …さらに,わが植民地では,以前よりも新たな類の女性について耳にすることが多くなった,彼女たちは近年そこへ持ち込まれた者であり,いわゆる芸者,日本の婦人である.彼女たちは文明や進歩,マナー,そしてその優美な振る舞いにおいて,オランダの教養ある女性をたいていしのいでしまう.しかし,大臣に尋ねたい,慣習となった規範,芸者自身にとって必要であり,またその両親が彼女たちを所有しておくために必要なのだが,今や非常に高尚なものとなり,大臣は教養あるオランダ人女性が同じ規範を受け入れるのが好ましいと考えているのだろうか.
        109条では日本の法典がヨーロッパ式であるかどうかを尋ねているのではなく,日本から東インドに来る個人,男性であり女性であるが,彼らがヨーロッパ人と同等であるとするのに好ましい人物であるかどうかが問われるのである.
        そのうえ,日本人をヨーロッパ人と同等視することは,同様の危険をもたらさないだろうか.この点について,わが植民地における日本人の数はまだごくわずかではあるのだが,大臣はよく存じているように,109条を修正することで東インドにおける日本人の地位をより心地よいものとし,彼らに導きの光を与えることになるのだ.」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:795-796](強調原文)
      • van Karnebeek「われわれがヨーロッパで知り合うようになった者のように文明化して尊敬に値する日本人は,ジャワに定住する意図を持って,しぶしぶそこに来るのだとする理由は,なんら存在しない.だが,徐々に相当の日本人移民が東インドの様々な地方に到来することはありうるし,それらの日本人はわれわれが知っているような文明化された類の者たちではなく,ほとんどがクーリーなのだ…」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:799-800]
      • van de Velde「通商航海条約における不明確な表現の結果として誤った考えが普及してしまい,売春婦や女衒,その類の者たちから大部分が構成されているある種の人たちに特権が与えられることになれば,どのような印象を他の住民に与えることになるのだろうか.
        売春婦に関する規則は,これまでは原住民のみを対象としてきた.だが,売春婦に責任のある日本人に対し,彼らがヨーロッパ人と同等視されたなら,政府はどのような関係を結ぶのだろうか.」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:800]
  • キリスト教徒をめぐる問題
  • 外来東洋人をめぐる問題
  • 台湾人をめぐる議論
    • Kuyper「日本人はこれまではさほど多く移民を出してこなかったのだが,最近では急激に移民を出し,年に2万4千人の男性と1万8千の女性が移民として日本を出た.日本には,今では台湾が属しており,その結果として,これらの台湾人もまた同等視に関する同じ法律の下に日本人と同様に服すこととなる.大臣は東洋に関する豊かな知識と経験を持ち,私よりも台湾人をよく評価することができる.そこで,尋ねたいのは,その知識と経験では台湾人はその文明と進歩に関して,ヨーロッパ人とすでに同じであると確信しているのだろうか.
      日本人が穏やかな民族であるならば,私はこの脅威を過大視しないだろう,だが,日本人は現在,世界で最も乱暴な民族に属していることをわれわれは理解している.彼らは領土拡張の野心を持つようになって,アジア全体で強大な島嶼帝国になろうと望んでいる.この第一歩が台湾の領有によってすでになされたのである…」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:796-797]
    • Cremer植民地相「台湾が日本によって併合されて日本の国民の一部を構成することとなった時点で,台湾人はすべての日本臣民と同様に西洋の法律の下に暮らすことになる.このことは,ヨーロッパの国々の原住民臣民の場合とはことなるのであり,彼らは大部分が東洋の法律の下で暮らしている.…台湾が併合された時点で,台湾人はヨーロッパ式の法律の下で生きるのであり,われわれのところでと同じようにそこで暮らすのだ」
    • Kuyper「植民地大臣もまた台湾人を日本帝国の直接の臣民とみなしている.したがって,大臣が議会に対して提案していることの意味は,取るに足りないものではない.数十万の台湾人,彼らは山から下りてきた最も教養のない野蛮な人種(ongecultiveerde en woeste rassen)に属しているのだが,政府の見解ではヨーロッパ人と同等とせねばならないらしい.…台湾人は日本人に含まれるのだろうか」(強調原文)
    • Cremer植民地相「日本の憲法によれば台湾人は直接に日本の臣民であると考える.そして,彼らは日本の臣民として完全にヨーロッパ式の日本の法律の下に暮らしている…」[Handelingen Tweede Kamer 1898-1899:814]
  • 1899年3月1日下院での採決(48対38で可決,Kuyperによる動議は47対39で否決)
  • 1899年4月5日上院での審議
  • 1899年5月16日上院での採決(40対4で可決)
  • 1899年5月19日官報21号
  • 1899年東インド官報202号
  • 日本人法への反応
    • 1898年9月1日付The Straits Times
    • 1898年9月3日付The Singapore Free Press
    • 1899年4月15日付Indische Mercuur「我が議会が法案を拒否したならば,その結果がどのようなものにならざるを得ないか想像できるだろうか?
      提起する必要はない,うぬぼれた日本人,イギリス人とロシア人によって彼らと同等に扱われていると考えているが,仮に小国オランダが彼らをアラブ人やKlingaleesと同列に置くのであれば,それは受け入れられるであろう.」

日本人法をめぐる問題

  • 「日本人」とは誰か
    • 内地及び外地を含むすべての日本臣民
      • この解釈は,「日本人法」と通商条約との間に密接な関係からすると妥当.条約は広範に「臣民」について言及している
    • 内地籍民
      • 帝国臣民として包摂すると同時に戸籍(内地/外地)による排除
  • 「台湾籍民」の法的地位の問題
    • 台湾籍の不法取得による日本臣民化[竹越 1910:179-181][中村 1980:75-76]
      • 「蘭領印度に居住し,居ながら日本に帰化すと云ふ,甚だ突飛なるか如くして,実は前例なきにあらず.佛國政府は暹羅と境を接して仏領印度を有し頻年暹羅の地図を縮小するに怠らざるのみならず,暹羅の内政に対しても,威力を及ぼさんとして手段百端施さざる所なし.而して暹羅在留の支那人が,自国政府の保護の力足らず,往々枉曲を蒙るや,則ち去って佛国公使館に至りて,佛国に帰化せんことを乞うもの多し.佛国公使館其請を容れ一定の登録料を収めて之を佛国臣民として其保護を與う.今蘭領印度に於ける支那人が,座ながら日本に帰化して日本人足らんことを望むは,此前例を学ばんと欲するのみ.然ども我政府は之を好まず,真に台湾に事業を有するものにあらずんば,帰化を許るさざらんとするものの如し.思うに日本政府は此点に関して和蘭本国の政府に対して,一種の質言を與たるものにあらざるかと疑はる.夫れ支那人居留民の数已に五十五万人に達し,而して日本臣民たらんとするの風靡然として起こらば,蘭領殖民地に取りては,一個の困難と云はざるべからず.而して此困難の原因は,台湾人が,帝国臣民として支那本国の人民と異なりたる待遇を受くるにありとなし,和蘭政府は此根本の問題を除かんと欲して,力を用へんと欲するものの如し.和蘭政府思らく,英領印度人は英国皇帝の臣民たること,猶ほ台湾人が日本皇帝の臣民たるが如く,仏領印度人は第三共和制の下にあること,猶ほ台湾人が日本帝国の人民たるが如し.然ども英国も佛国も其印度領の人民を以て,純然たる本国の自由人と同一視せず,蘭領印度に来りては,英領印度人も,仏領印度人も,蘭領印度のマレー人と,同一の待遇を受くることを承認す.独り日本の領土たる台湾臣民のみ,其本国及び欧州人と同一の待遇を受くべきの理なしと.和蘭政府は此の如くして日本政府をして,台湾人をマレー土人と同一の法律行政の下に置かしめ,以て五十五万の支那人が動揺するを予防せんと欲するが如し.然ども日本政府は台湾に憲法を行うの主義を取る.余は其決して和蘭政府の要求を容れざるべきを信ず.和蘭政府は唯だ宜しく日本政府が佛国の暹羅に試みたるが如きプロタージ法を行わざるべきを信じて,心を安んずべきのみ.而して支那人には何時までも従来の如く圧抑を施し得べきにあらざるを知りて,其抑制に多少の緩和を與ふること,もっとも緊急なりと云わざるべからず.」
  • 1907年東インド政庁による日本人の定義変更
    • 日本の植民地における日本臣民は日本人とみなさない
  • Schutterijをめぐるトラブル1904年
    • スラバヤ在住三井物産社員林徳太郎他1名が徴兵される
      • 通商航海条約1条末項の規定を17条の「法律の許す限りにおいて」限定的に解釈
        フィッシャーの懸念が違った意味でだが現実になる

学説(109条および日本人法に関して)

  • Van der Kemp
    「国際関係は,進歩が増すにつれて,文明化した諸民族の法的地位における相違を取り払いつつある.それゆえわれわれの法律も文明化した民族とあまり文明化していない民族との間の分割を認めている,すなわちヨーロッパ人原住民という類型というようなものであり,また誰がそれぞれの範疇にいわゆる同等視されねばならないのかを述べている.」[Van der Kemp 1886]
  • Nederburgh
    「日本人,彼らは西洋のやり方で強国となったのだが,その国土の特権,すなわち西洋人が享受していた治外法権を撤廃したのみならず,外国においてもはや東洋人とみなされないことを望んだ…
     彼らの望みは理解できるもであり,われわれの議員は統治法の改正によって日本人をヨーロッパ人と同等にした.それは1906年の統治法の改訂でも維持された.1899年に(住民)区分の基盤は完全に掘り崩された.なぜなら日本人がヨーロッパ人でなく,キリスト教徒でもないことはまったく明らかであるからだ.彼らは西洋人になる気はさらさらなく,『覚醒した』東洋の先頭に立とうとしている.彼らがヨーロッパ人と同等視されるのであれば,地位の高い東洋人における中国人や原住民を除外しておく充分な根拠というのは存在するのであろうか.」[Nederburgh 1918]
  • Idema
    「主要な疑問は,日本の文明状態が等しいものであるか,というものであり,したがって法の規定においてもまた,西洋と等しくなければならなかった.」[Idema 1924: 130]

参考文献リスト

  • 議会資料
    • Handelingen Tweede Kamer
    • Handelingen Eerste Kamer
    • Bijlagen Handelingen Tweede Kamer
    • Bijlagen Handelingen Eerste Kamer
  • 外交資料
    • 蘭領印度在留邦人待遇一件
  • 書籍
    • Handboek van het Staats- en Administratief Recht van Nederlandsch-Indie, J. De Louter, Martinus Nijhoff, 1914
    • Rechtsbedeeling onder de Inlanders en daarmede gelijkgestelde personen in Ned.-Indie, W. Winckel, Martinus Nijhoff, 1920
    • Parlementaire Geschiedenis van Nederlandsch-Indie: 1891-1918, H.A. Idema, Martinus Nijhoff, 1924 Grondslagen der Rechtsbedeeling in Nederlandsch-Indie, J.H. Carpentier Alting, Martinus Nijhoff, 1926
    • Staatsinstellingen van Nederlandsch-Indie, Ph. Kleintjes, 1927
    • De Nederlandsch-Indische Staatsregeling, H. Westra, Martinus Nijhoff, 1927
    • Staatkundig beleid en bestuurszorg in Nederlandsch-Indie, De Kat Angelino, 's-Gravenhage, 1930
    • De "Japannerwet": Onderzoek naar de wording, H.A.F. Lijnkamp, Utrecht, 1938
    • The Kapitan Cina of Batavia 1837-1942: a history of Chinese establish ment in colonial society, Mona Lohanda, Djambatan, 2001
    • Law and the Chinese in Southeast Asia, ed. M.B. Hooker, ISEAS, 2002
    • 新條約論,中村進午,東京専門学校出版部,1900
    • 國際法学,今西恒太郎,丸善,1899
    • 南國記,竹越与三郎,二酉社,1910
    • 東南アジアの港市世界:地域社会の形成と世界秩序,弘末雅志,岩波書店,2004
    • 蘭領印度民族史,外務省調査部,1935
    • インドネシアにおける華僑(南方資料叢書7),満鉄東亜経済調査局,青史社,1986復刻(1940)
    • 蘭印生活二十年,和田民治,講談社,1942
    • 蘭領印度に於ける司法制度の研究,村松俊夫,司法研究所,1942
    • 舊蘭領印度の司法,石田富平,司法研究所,1943
    • 舊蘭印ニ於ケル外來東洋人ノ法律的地位,南西方面海軍民生府,1943
    • 日本条約改正史の研究:井上・大隈の改正交渉と欧米列国,藤原明久,雄松堂出版,2004
  • 論文
    • 「台湾籍民」をめぐる諸問題,中村孝志,東南アジア研究18巻3号,1980
    • 装置としての「台湾」と日本人の外縁:在暹「台湾人」国籍問題,川島真,日本台湾学会報1号,1999
    • ジャワの台湾籍民:郭春秧の商業活動をめぐって,工藤裕子,歴史民俗,2005
    • オランダ国民の形成:1850年国籍法の検討を通して,吉田信,神戸法学雑誌50巻3号,2000
    • オランダ植民地統治と法の支配:統治法109条による「ヨーロッパ人」と「原住民」の創出,吉田信,東南アジア研究40巻2号,2002
    • 包摂と排除の政治力学:オランダにおける市民権/国籍の過去・現在・未来,吉田信,地域研究6巻2号,2004
    • Van de Wetgeving voor de Kolonien, P.H. Van den Kemp, Indische Gids, 1886
    • Afschaffing van de wettelijke onderscheiding der bevolking van Nederlandsch-Indie naar rassen of klassen, I.A. Nederburgh, Vereeniging "Moederland en Kolonien", 1918
    • De Bevolkingsgroepen in het Nederlandsch-Indische Recht, W. Prins, Koloniale Studien, 1933

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Last-modified: 2014-01-31 (金) 17:03:16