本の紹介


 初めて読む小説の1ページ目を開き、その1行目の冒頭の単語が目に入るその瞬間、どんな思いが胸をよぎるでしょうか。それが好きな作家の作品であれば、期待と興奮とで気持ちが高揚し、早く読み進めたいという欲求で頭がいっぱいになるかもしれません。しかしそれが名前しか知らない、あるいは名前すら知らなかった作家の作品であれば、事情は異なります。期待と不安とが入り混じった感覚にとらわれ、そこからテンポよく読み進めることが難しいこともあるかもしれません。 
 読書はよく「旅」に例えられます。もちろん家族や友達と行くようなにぎやかな旅行ではなく、たった一人でどこか遠くの場所を訪ねる一人旅です。行ったことのある場所ならともかく、知らない場所を一人で旅することは、時に強い孤独感を伴います。しかしそのような経験は、常に多くの示唆に富んでいます。今回は、読書における「小旅行」とも言える短編小説の世界へと読む者を誘う3冊の本を紹介します。


 プリンストン大学やタフツ大学などのアメリカの大学に招かれ、日本文学に関する授業を受け持つことになった著者が、悩んだ末にその題材として選んだものは、「安岡章太郎」や「吉行淳之介」など、「第二次世界大戦後に文壇に登場した、いわゆる『第3の新人』と呼ばれている一群の作家たち」や同時期に登場した「長谷川四郎」や「丸谷才一」といった作家たちによって書かれた短編小説でした(pp.16-18)。そして日本に帰国後、著者はそれらの作品を改めて読み直し、さらに発行元の出版社で、編集者達と何度も「ディスカッションのようなもの」を交わした後、本書を創りあげたといいます(p.239)。そこからは、多くの優れた作品により世界的な評価を受ける著者が、小説を読むという行為、あるいは書くという行為をどのように捉えているのか、そのおぼろげな輪郭が浮かび上がってきます。
 本書は、ただ単にそれぞれの作品の話の面白さを伝えることに重点を置いたものではありません。むしろページの端々から感じられるのは、作品を構造的なものとしてとらえ、ああでもない、こうでもないと他者と語り合い、分析することがもたらす可能性の豊かさです。「気に入った本について、思いを同じくする誰かと心ゆくまで語り合えることは、人生のもっとも大きな喜びのひとつである」(p.241)とする本書は、小説を読むことの「喜び」に溢れています。


 本書には、現代アメリカ文学の研究者・翻訳者として広く知られる編者が、独自の視点で選んだ9編の短編小説が収められています。「幻想小説」を「永遠に近くて遠い心の神秘にアクセスするための有効な回路」(p.303-304)であるとする編者の選んだ小説はどれも、魔法使いやモンスターが出てくるような子供向けの物語とは異なり、様々な人生経験を経て成熟した「心」にこそ響く抽象的で深みのある内容のものばかりです。
 いわゆる「幻想小説」は、非現実的・非日常的な要素が強いため、読みづらそうな印象を与えて敬遠されることも多いかもしれません。しかしタイトルにある「どこにもない国」を、「『どこにでもある国』でもある」(p.303)とする編者の姿勢にも表れているように、「幻想小説」は常に、私たちの日常のすぐそばにある不思議を描いています。
 長いものでも40ページ程しかありません。この機会に「幻想小説」の世界に1歩足を踏み入れてみませんか。


 
 2011年3月11日以降に書かれた短編小説の数々、そして数編の詩やエッセイを収録する本書は、必死で言葉を紡ぐ作家たちの不安や怒り、悲しみや無力感など、絡み合う複雑な感情で満ちています。時にあまりにも生々しく、時にあまりにも幻想的な作品の集積から何らかの道筋を見出すことは困難です。しかし17人の著名な作家たちが、それぞれのやり方で、震災以降の深刻な状況と対峙する様からは、読む者の心を揺さぶる力強い気迫が感じられます。
 ある小説との出会いが、分かったつもりになっていた物事の新たな側面を知り、考えを改めるきっかけとなることがあります。そして時には、人生観に大きな影響をもたらすこともあります。「何もかも失って/言葉まで失ったが/言葉は壊れなかった/流されなかった/ひとりひとりの心の底で」(p.8)という一節で始まる冒頭の詩(谷川俊太郎著、「言葉」)が鮮烈な印象を与える本書には、「言葉」の力に希望を託す人々の、祈りにも似た強い思いが込められています。









 

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