スポーツ史・スポーツ人類学とは

 スポーツ史(スポーツ史学)、スポーツ人類学という研究分野について簡単に紹介します。

 スポーツというと、野球やサッカー、陸上や水泳、オリンピックを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。このようなルールがきっちりと整備されていて勝敗を争うスポーツを「近代スポーツ(競技スポーツ)」といいます。しかし、これがスポーツのすべてではありません。

 スポーツ( sport )の語源を調べてみましょう。 sport という語は 19 世紀から 20 世紀にかけて国際的に使用されるようになった英語です。その語源はラテン語のデポルターレ deportare です。この語は de=away, portare=carry が示すように、人間の生存に必要不可欠なことがらから一時的に離れる、すなわち、気晴らしをする、休養する、楽しむ、遊ぶなどを意味しました。 deportare は中世フランス語ではデスポール desport となり、 14 世紀にイギリス人が disport として使用し、 16 世紀に sporte, または sport と省略されて使用されるようになりました。

 英語化された当初は、必要な(まじめな)義務からの気分転換、骨休め、娯楽、休養、慰めをひろく意味していましたが、 16 世紀には、ゲーム、戸外で楽しまれる身体活動をともなう気晴らしを意味するようになりました。それから 17 世紀から 18 世紀にその意味が変容し、とくに狩猟や勝負事にかかわる賭博、人に見せびらかす行為、見世物をさすようになりました。 19 世紀中ごろには、野外活動や狩猟にくわえて、競技的性格をもち、戸外で行われるゲームや運動に参加すること、そのようなゲームや娯楽の総称、を意味するようになりました。

 試みにOED( Oxford English Dictionary )の sport の項をみてみましょう。「よろこび、娯楽、ジョーク、冗談、娯楽にかかわること、スポーツする人、若い人、音楽や詩を表現すること、賭けをすること、公に展示すること」などなどの意味があります。

 このように、スポーツという言葉はそれぞれの時代や社会の背景に大きく影響を受けており、その時代、社会によって多様な意味で使用されていたことがわかります。

 スポーツ史・スポーツ人類学が対象とするスポーツは、「近代スポーツ」にかぎらず、スポーツの語源もふくめてひろい意味でのスポーツです。たとえば、人類の身体運動・運動競技は途方もない長い歴史をもっています。古代ギリシャのゼウスをまつる古代オリンピックは起元前 8 世紀から紀元 4 世紀まで続きました。それよりも古く、オーストラリアでは後期旧石器時代人とされる原住民から、神明裁判としての棍棒試合の報告もあります。日本においては、明治以降におもに学校教育をとおして近代スポーツが紹介されるのですが、それ以前にスポーツがなかったわけではありません。例をあげると、宮中の節会相撲や、流鏑馬、今も各地で行われている祭りなどです。

 また、スポーツ史、スポーツ人類学は、ともにスポーツ科学の一専門領域で、スポーツを文化として考えるという立場にあります(身体運動の文化的現象のひとつとしてスポーツをとらえます)。文化とひとくちにいっても、いろいろな意味に理解できますが、ここでは、文化を「一定の人間集団の生活様式の全体」ととらえます。この意味において、文化は価値概念ではなく、優劣比較・価値比較とは無縁のものです。そして、スポーツ文化とは、たんにスポーツの実践だけでなく、スポーツが文化として現象するときに付随するもろもろの要素すべてをさします。(「スポーツ文化複合」ともいわれます。)

 スポーツ史は、スポーツおよびスポーツにかかわる諸現象を歴史的に研究する学問分野です。それは、スポーツ文化の「現在」を知ることであり、そのための手がかりを提供することにつながります。スポーツ史は、あるスポーツの歴史や起源を探求します。また、いっぽうで、「スポーツする身体」を手がかりに、人間とスポーツについて考えます。スポーツが人間の生の営みから切り離せないものであるという観点から、人間が生きることとはどういうことなのか、今現在生きているわれわれは、どのような存在なのかということをスポーツをとおして問いかける分野です。

 スポーツ人類学は、スポーツ科学と人類学の橋渡し的役割を果たしています。 「人類学は人類を対象として研究し、フィールド・ワークを通じて人類に関係ある自然、人文、社会の分野や領域にわたって研究する科学」です。スポーツ人類学は、民俗学や、民族学、文化人類学などの成果をふまえ、さきにふれたとおり、スポーツを文化要素として考える学問領域です。スポーツ人類学の主要テーマのひとつに、「民族スポーツの観光化」があります。 一般的に民族スポーツ(エスニック・スポーツ)は、特定の国・地域・民族のみが行うスポーツです。 世界には独特の文化・風習を守りつづける少数民族が数多く存在し、独自の伝統的なスポーツを行っています。しかしこれらの多くは、外部の近代社会から、倫理的・合理的ではないという理由で否定されてきました。とはいえ、このような民族スポーツに価値がないわけではありません。その民族が伝統的に持つ立派な文化なのです。民族スポーツを研究することは、スポーツをとおして、自分の知らない文化、異文化を研究することにもつながるのです。

 このように、スポーツ史およびスポーツ人類学は、スポーツが文化としてわれわれにどのように関わってきたのか、関わりつづけるのかを研究する分野です。

 

参考文献

『岩波哲学・思想事典』岩波書店

『最新スポーツ大事典』大修館書店

寒川恒夫編著:『スポーツ文化論』杏林書院

寒川恒夫編:『図説スポーツ史』朝倉書店

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稲垣正浩・谷釜了正編著:『スポーツ史講義』大修館書店

岸野雄三:「人類学とスポーツ」『スポーツ人類学研究』第 2号2000年

『「スポーツする身体」の可能性とその現代的意義』財団法人水野スポーツ振興会2002年度研究助成研究成果報告書

 

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