物理学研究室

 

研究室構成: 助教授 黒木昌一
         助手  藤野友和
 

− 自然や社会の現象にみられる複雑な数理構造と単純なルールとの関係を探る −
                                  
人類社会の規模が巨大になった今、地球の自然を大きな不変の環境とみなすことは不可能になりました。人類の営みが環境に大きな影響を及ぼすようになってきたのです。その影響は、さまざまなレベルに及んでおり、それらを個別のこととして切り分けることが難しい場面も多々出て来ます。一つ一つを分析して、それらに対して、明解なルールを見つけ出すだけでは、このような複雑なシステムの振舞は分かりません。個々の要素は簡単なルールに従うシステムでも要素が多数であるがゆえに複雑に絡み合って、そのルールからは、直接導くことのできない構造をつくります。このことを調べるには、今のところ、コンピュータによるシミュレーションに頼るしかありません。そこで、まずは、大規模な自然現象を説明するのに必要な現象をモデル化し、「カオス」や「複雑系」といった研究分野の手法や成果を用いて、コンピュータでその振舞を調べています。

 

I 研究概要

 本研究室では、非線形な物理法則に従う系の振舞をコンピュータを使った数値シミュレーションを用いて調べている。地球大気の運動のような大きな構造に流体力学の方程式を適用する時、そこに必要な物性を表す物理量は必ずしもミクロな性質からは、導かれず、比較的マクロなレベルのカオス的な運動が関わっている場合が多いと思われる。

 例えば、流体の層流から乱流への移り変わりの度合を流体の種類によらず測る物理量としてレイノルズ数があるが、高い山の風下にできるカルマン渦の発生の条件や構造は、空気の粘性率を代入して求めたレイノルズ数の値を比較すると、実験室での実験でカルマン渦が発生する条件とはかけ離れている。

粘性は、マクロな力学的運動エネルギーをミクロな分子運動エネルギーである熱エネルギーへ変換する役割を担っているが、気象に関わる大規模な大気の運動の場合には、ミクロな運動のエネルギーに変わるまでに、中間的なサイズでの運動が関与し、それが実質的な粘性として働いていて、その実質的粘性率から得られるレイノルズ数が大規模な構造を決めると考えられる。この中間的なサイズの運動は、流体の乱流である。乱流は、流体力学的な現象でその運動自体が決定論的であり、統計力学のように確率的な振舞を仮定していない。この乱流という膨大な自由度のカオスとも言える現象による粘性の存在は、カオス一般によるマクロなレベルの「粘性」の存在を示唆している。森、藤坂らは、射影演算子法を用いて周期的な運動成分を持つ散逸系のカオスの運動から周期運動とカオスによる減衰項を形式的に分離した。この表式を用いれば、カオスによる粘性にあたる項が運動のスペクトル構造にどのように寄与しているかを、統一的な形式で与える事ができる。

 しかし、その定式化が有効かどうかは、得られる減衰項のスペクトル成分がわかりやすい形をしているかどうかにかかっている。得られたものが、複雑で、減衰の仕方が運動の特徴をうまく引き出せていないのなら、それはただ形式的に変換しただけで、我々に有効な情報を与えてくれないからである。そこで、我々は、彼らの定式化の中で、例として取り上げてある減衰のある強制振り子やDuffing系などの実験可能な微分方程式系の運動のスペクトル構造と減衰項の構造を取り出し、どのような情報が得られるかを調べる。

 時間的に複雑な振舞の中から周期構造や、その運動の構造が減衰する様子は時間相関関数やパワースペクトルを求めることで、情報を引き出すことができるが、カオスによる「粘性」または「輸送係数」を知ることは、物質の分子レベルの運動に内在するのではない、マクロなレベルでの複雑な振舞によって引き起こされる「摩擦」を情報として引き出すことを意味する。これは、複雑に絡み合った環境問題に関わるモデルを作ったときに、結果として得られる複雑な運動の中での「エネルギー」損失のマクロな指標を与え得る可能性を示している。

 

II 研究テーマ
  1. 強制振り子のパワースペクトルと輸送係数
  2. カオス系や興奮性素子の結合系の同期現象

     3.   交通流

 

III 所属学会
 日本物理学会

 

IV 共同研究
「強制振り子のパワースペクトルと輸送係数」
 九州共立大学 森 肇
 崇城大学・総合教育物理 富永広貴

 

V 研究発表など

1 N.Mori, S.Kuroki and H.Mori
Power Spectra of Intermittent Chaos Due to the Collapse of Period-3 Windows
Prog.Theor.Phys. 79: 1260-1264

2 K.Horita, H.Hata, H.Mori, T.Morita, K.Tomita, S.Kuroki and H.Okamoto
Local Structure of Chaotic Attractors and q-Phase Transitions
Prog.Theor.Phys. 80: 793-808

3 H.Shibata, S.Kuroki and H.Mori
Dynamic Scaling Laws for the Intermittent Switching between Two Bands
Prog.Theor.Phys. 83: 829-834

4 R. Ishizaki, S. Kuroki, H. Tominaga and H. Mori

Prog Theor. Phys. 109: 169

5 H. Mori, S. Kuroki, H. Tominaga, R. Ishizaki and N. Mori

Randomization and Memory Functions of Chaos and Turbulence

Prog. Theor. Phys. 109: 333-355

6 H. Tominaga, S. Kuroki, H. Mori

Prog. Theor. Phys. 109: No.4

 

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