− 植物は光をどのように利用するのか? −

 

 植物は、太陽光のエネルギーを利用して、光合成といわれる生体反応によって、水を分解し、酸素や糖などの有機化合物を生産しています。ここで生産された酸素や有機化合物は、進化の過程で呼吸をつかさどる真核生物の出現をも促し、現在の地球の生態系を形成してきました。

 

 光エネルギーを捕獲して化学エネルギーに変換する装置は、葉緑体内にある数種類のタンパク質複合体から作られています。このタンパク質複合体には、光を捕獲する色素や、マンガンや鉄をといった遷移金属を含む酸化還元物質が整然と機能的に収納されていて、タンパク質複合体内あるいはそれらの間の電子やエネルギー等の流れが方向性をもって効率良く行うことに役立っています。

 

また、光はエネルギーとしてだけではなく信号としても利用され、植物の芽生え、生殖、成長などほとんどの生体反応に重要な働きをします。

 

植物が光をどのように利用するかを研究することは、生物がどのように環境に適応できるのかというモデルケースとして重要な知見を与えるだけではなく、生物を模した機能素子の開発にもつながります。

 

 

 

 

I  研究概要

本研究室では、葉緑体内で営まれている光合成の生理機構を通して、生体内で働くタンパク質あるいはその複合体の機能の解析を行っている。  藻類や高等植物は、光合成の営みによって、太陽光のエネルギーを利用して、水分子を分解し、酸素や糖などの有機化合物を生産する。これら酸素や有機化合物は、進化の過程で呼吸機能を持つ真核生物の出現を促し、現在の地球の生態系を形づくってきた。このように、光合成は、生物の最も根元的なエネルギーや物質の生産・変換系として機能している。

 

 酸素が植物によって生産されるという事実は、約200年前から知られていたが、本格的な酸素発生機構の解明は1960年代後半からである。その後の分析機器の技術革新や分子生物学の発展に伴って、水を酸化する(=酸素を発生する)諸過程の解明と活性を発現する装置のタンパク質レベルでの解析が急速に進んだ。その結果、4個のマンガン原子からなるクラスターが、光によって4段階の1電子酸化を受け、水分子の酸化を触媒しその副産物として酸素を発生することが分かってきた。このクラスターは、初発光化学反応をつかさどる光化学系・反応中心タンパク質(D1とD2タンパク質)や数種の他のタンパク質からなるタンパク質複合体に配位していた。

 

 そこで、私たちは、生化学あるいは生物物理の手法によって、マンガンを配位するためには少なくとも2個の光量子が不可欠であり、光化学系・反応中心タンパク質であるD1タンパク質のヒスチジン残基と酸性アミノ酸残基が、マンガン配位子として機能していることを報告した。また、無傷葉緑体を用いて、放射性同位体で標識されたD1タンパク質の生成と分解を調べた結果、生体内での水分解系タンパク質複合体の構築とマンガンクラスターの形成にはD1タンパク質が主に関与しており、その複合体の成熟過程が2種の異なるチラコイド膜の間の移行に伴って進行していることを示した。

 

 最近、上述したD1やD2タンパク質のアミノ酸配列や機能が酷似している、酸素発生系をもたない光合成細菌の反応中心が結晶化・X線解析され、3次構造が決定された。そこで、近い将来、分子遺伝学の手法を用いて光合成細菌に酸素発生能を賦与させることが可能になるであろう。このように、水分解系を解析することは、植物の進化の必然性を理解する道具になるとともに、多機能タンパク質の分子設計といった新たな分野を切り開く礎となると確信する。